石川県の部落の全体像求め11月の全同教大会に向け
県同教の第33回部落史研究会で
「解放新聞」(2007.09.17-2336)
石川県同数の第33回部落史研究会を7月13日、石川県女性センターでひらき、「石川の被差別部落の全体像を求めて」と題して県同教調査研究部長の角谷正人さんが報告した。
報告は、11月23,24日の全同教石川大会開催を見据え、企図したもの。ともすれば「見えにくい」といわれる石川県の部落問題、被差別部落の基本的理解、現状認識、今後のとりくみの展望などを探った。
角谷さんは、1997年に富山県連の吉田樹さんが富山大学の担当講座受講生学生を対象にしたアンケート調査と、1993年と2003年に石川県が実施した県民調査を取り上げ、調査手法や対象者など単純には比較できないが、同和問題の認知度は10年間で3ポイントほど上ったものの、依然として60%台であること、しかし、2003年度の調査では学校の授業で教わった割合が大幅に増え、結婚に反対する割合が減少するなど改善が見られること、人権同和問題との出会い方と被差別部落の起源についての認識の正誤とに相関関係がうかがえることなどを指摘した。
また、1907(明40)年の内務省調査で、石川県の部落数は「83」。これが1935(昭10)年の中央融和事業協会調査では「47」になる。その差は「36」。「この36の違いはどこから生じたか」というのが、今回の報告の骨子。『北越被差別部落史研究』所収の「石川県・富山県(旧加賀藩・旧富山藩領)における戸籍別被差別部落分布図」には、1935年調査の「47」地区がマーキングされているが、この分布図上の空白地にも被差別部落の存在が確認できることを、過去の聞き取りや資料の裏付けで説明した。
報告後、11月の全同教大会の展示と交流分科会に、被差別部落の果たした役割や意義のうち生活に密着した部分、芸能や文化などを出してほしい、また、その芸能や行事がつい最近まで残っていたということをぜひ伝えてほしい、などの意見が出された。
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石川県、富山県には被差別部落が存在しない。ならそれでよいではないか。下手に探したりすることが差別の再生産や固定化に繋がることが何故解らないのか?
http://homepage3.nifty.com/na-page/18-6.html
京都市内での調査結果↓
※子どもの目から見た「同和教育」
◎中学3年生に、「はじめて『同和教育』『部落差別』ということばを聞いたのはだれからですか」と聞いてみました。(京都市内の中学3年生7クラス、1997年12月調査)。
小学校の先生13.2%、中学校の先生50.3%、親11.3%、祖父1.3%、祖母3.1%、兄1.3%、友人1.3%、その他18.2%
「先生」と回答する生徒が63%をこしています。子どもたちの生活のなかに「部落差別」の実態があった頃には、先生から教えられなくても家族の誰かから聞いたり、自分で気づいたりしていたのではないでしようか。
◎同じ中学3年生に、「小学校で『同和問題』「部落差別』について学習しましたか?」と聞いてみました。
学習したと思う12.6%、
学習しなかったと思う30.2%、どちらかよく覚えていない57.7% この中学校には校区にA校とB校の二つの小学校があります。どちらにしても、
6年生では「同和問題の関係単元学習」をしてきているにもかかわらず、「したと思う」とこたえた生徒が12.6%にすぎません。3年前の記憶がうすれているということも一因でしょうが、それにしてもこんなに低いのはなせでしようか。先生方はどのクラスも力を入れて指導されているのに、子どもたちの方はよくわかっていなかったのではないでしようか。同和問題は子どもの目前の問題ではなくなってきていることとあわせて、小学校6年生には難しすぎて、発達段階にあっていない問題であることのあらわれではないでしようか。
また、この設問の回答を生徒の出身小学校別に分けて集計してみても、上記の数字とほとんど差異がありませんでした。特にA校の方は「同対審答申」や「同和施策」について解説を行ったり、識字学級のビデオ教材を見せたり、さまざまな工夫をされていましたので、「したと思う」とこたえる生徒が多いだろうと予想していましたが、B校と比べてどの項目も1%以内の違いしかありませんでした。子ども自身の生活から見えなくなった「問題」や「差別」を理解させようとすることに無理がでてきているのではないでしようか。教えられたけれど、何を習ったかよくわからないし、数年たつと教えらられたこと自体も忘れてしまうということになっていると思われます。
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