プロフィール

あかさたな

Author:あかさたな
差別反対!差別を口実とした暴利はもっと反対!人権ほど胡散臭いものはこの世に存在しない。人権屋は嫌い!


最近の記事


最近のコメント


最近のトラックバック


月別アーカイブ


カテゴリー


ブロとも申請フォーム


「少欲知足」や業思想の解釈などについて議論
平成19年12月19日 解放新聞広島県版


県連と曹洞宗が「伝道掲示板問題」で話し合い

 県連は12月1日、尾道市人権文化センターで、伝道掲示板問題に係る曹洞宗との話し合いをもった。7回目となる今回の話し合いは、川崎卓志県連委員長と河村松雄曹洞宗人権擁護推進本部次長・渡邊義弘總持寺副監院があいさつをした後、曹洞宗から提出された『追加報告書』をもとに進められた。

 まず、県連は「人間的・社会的価値や理想を追求するために貪欲を制御する生き方を自発的に選択すること」という「少欲知足」の解釈については同感だが、随所に出てくる倫理・道徳という言葉の概念と仏教思想との違いを整理する必要があるのではないかと指摘、曹洞宗側も同意した。

 「経典や論書の中に正しい教義理解があったにもかかわらず、差別的に変更した解釈や理解が常態化してきた」背景には「宗門僧侶が権力に迎合してきた」ことや「宗門機構そのものが支配権力をモデルとして自らを権威化してきた」歴史があるという総括については、具体的に実行できることから着実に改革を進めてほしいと要望した。

 業の問題では、県連は、釈尊の「人間としての価値を決定するのは…その人が日々に積み重ねる行為にある」という教えは、私たちの「現在の生存のあり方」は「無限の過去からの人類の善悪業の集積」だから、自己の内面を厳しく見つめ、人間としてのあり様を追求せよと説かれたものだと解釈すべきである、つまり、共業・不共業の両方の概念を総合的に受けとめなくてはならないと提起した。

 これに対して、曹洞宗は「仏教の業思想は、基本的には各人個別の行為とその影響としての不共業」を指すが、県連が指摘するように「単に個人的な行為論と考えるのは十分でなく…個別の行為とその影響を超えて歴史・社会のあり方にも関係」するので「社会的な問題自体が人類の積み重ねた共業のひとつの象徴」であると報告書にまとめた、宗教者として、この共業の象徴にしっかりと向き合っていきたいと応えた。

 最後に、小森顧問が「8年間の議論を踏まえて双方が文書をまとめ、仏教界の発展に貢献したい。解放運動の励みにもしたい」と提起し、互いに確認した。また、河村次長は「こんな真剣な議論は滅多になく、教学、教団を考えるうえで有益だった。正しい教義を伝えていくためにいっそう精進したい」と述べた。


伝道掲示板問題とはー

1998年8月、曹洞宗大本山総持寺の伝道掲示板に「上見ればほしいほしいの星だらけ下見て暮らせ星の気もなし」という道歌が書かれていた。担当の布教師は「少欲知足」の教えを説いたつもりであったが、本来の意味とはまったくかけ離れ、人びとに諦めることを勧める表現をして、差別を助長した問題である。

 県連は、担当者だけでなく、宗門内で釈尊や道元禅師の教えが正しく受けとめられていない実態とそれをもたらした背景、つまり、仏教者が差別に加担してしまう「縁」を明らかにするべく、2000年から8年間に亘って曹洞宗との話し合いを重ねてきた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

でった、部落解放同盟名物言葉狩り。些細な言葉尻や説明不足等につけこみ、これを口実に行政や学校、民間企業、宗教団体に介入し、理不尽な要求を突き付け圧力をかける。

「上見ればほしいほしいの星だらけ下見て暮らせ星の気もなし」

これのどこが差別的な表現なのよ?頭おかしいんじゃありませんか?

テーマ : 政治・経済・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

主張組織の原則とは何か
解放新聞広島版 平成19年12月12日




 全国水平社以来の歴史と伝統をもつ部落解放同盟の組織に、われわれは誇りをもっている。

→ただし、過去の不祥事について反省は一切していない。自慰史観である。

 「人の世に熱あれ、人間に光あれ」の水平社宣言は、世界に冠たる響きをもって人権思想の真髄を指し示している。

→戸手商業高校事件や、八次小学校事件、相次いだ学校関係者の自殺など、 「人の世に熱あれ、人間に光あれ」の人でなしの世界である。

 この組織が、日本社会の構造的矛盾を一番敏感に反応しうる条件をもっているだけに、支配階級はこれを恐れ、あるときは懐柔し、あるときは弾圧を加えてくる。

→あんたらこそ、組織をうまいこと利用して、自民党系の議員に取り込んでたでしょう?おまえら馬鹿か?

 「行政依存」の体質が、われわれの組織にあったことは、いまにして思えば否めない事実であった。



◎県連執行委員が新築資金の不正貸付で逮捕される。
◎1987年(昭和62)日、広島県警が芸西支部の元支部長を詐欺容疑で逮捕する。


 だが、広島県連は県の財政援助を殆んど受けていなかったことが幸いした。県行政が介入し、懐柔しようと思っても、雀の涙程度の団体補助金しか出していなかったことが、県行政、県議会をして、弾圧の方法論を見出すことができなかった。

→だからこそ、1999年2月広島県立世羅高校の校長先生の自殺する。広島では、1970年から1996年の間に17名の教育関係者が自殺、自殺未遂、失踪病死しいる。いずれも同和問題が背景にあると指摘がある。あるいは、それ以上の数を指摘する説もある。

 だからこそ、彼らは、特に県教委の非常識な暴走組が、校長や市教委の幹部の「自殺事件」をともなうようなことをやってでも、「日の丸」「君が代」の強制という人権意識に挑戦するやり方を打ち出してきたのである。

→「もし実施するならば街宣車で乗り込んで卒業式をひねりつぶすぞ」と言う奴が一番暴走しているだろう?本当に、部落解放同盟、特に広島県連は自己省察力がない。

 その強制は「日の丸」と「君が代」に反対するような教職員には、広域人事で不利益を与え、一人ひとりの教職員が、生活防衛のために、表面的に妥協せざるをえないようにしてきた。

→部落解放同盟(特に広島県連)は護憲を唱えています。憲法には象徴制天皇制度が掲げられています。であるならば、天皇制度を認めるできであり、それならば君が代を拒否する理由にならない。どうしても、天皇は差別制度の根源であるから国家元首として認めたくないならば、改憲を主張すればよいではないか?

 「子どもたちに関わる時間」が削減される弊害が、多くの保護者にも実感されるところまで、切迫した事態となっている。

 被差別部落の子どもたちの学力のことや、将来の進路のことを心配する部落解放同盟は、その意味においては、彼らによって、打撃を与えられていることになる。

→生活が苦しいのはみんな同じ。なぜ、この人たちは自分達のみを特別と考えるのでしょうか?

 しかし、いくら何でも、県内全体の高校進学率が全国でビリから2、3番という状態になっていることを、県教委の暴走組ともいうべき幹部連中は「恥かしいことではない」という感覚で対応しつづけることはできない。

→高校進学率が高い=豊かなのか?日本海側の某県は高校進学率が一番高いが、中退率も日本で一番高いが?

 今日の社会構造の矛盾を一番敏感に受ける被差別部落の進学率は、特に大学進学率は、広島県全体の10数%も低い位置に立たされている。

→所得が低くて涙を呑んでいるのはあんたらだけじゃないの?低廉な改良住宅に入居できない生活窮乏者はどうなるのだ?逆差別を当然と考えているのか?

 部落解放同盟という組織が、被差別部落の生活を守り、教育の水準を高めるために努力してきたことは言うまでもないが、いま、広島県教委の差別助長の行政的手法の矛盾が出はじめていることも勘案して、広教組、高教組、広同教、高同教などとともに反撃に打って出なければならない。

→何もしてきていないじゃないの?それに反撃とは?また多くの学校関係者を葬り去ろうというのか?

 そのために、組織状況の点検を怠らないように、われわれは周到な取り組みを準備しなければならない。

 県内各市町村の合併が強行され、県連は、地協の再編成をおこなった。

 東部、南部、中部、西部の再編は殆んど実行された。残るのは、北部の再編が急がれるということである。事実上、三次市と庄原市の2つの自治体に旧郡部が合併したという事実にあわせて、組織の整備が必要なのである。

 本年中には、北部の庄原市が、かつての比婆郡内各町村支部との間で、統一大会もしくは、それに準じたことをやると予定している。

 反動権力の暗躍していることは前述のとおりである。組織の再整備による「反転攻勢」に臨もうではないか。

→権力は悪なのですか?あんたら部落解放同盟のほうがはるかに悪でしょう。

テーマ : あほあほニュース - ジャンル : ニュース

主張 広島の部落解放運動と宗教

平成19年11月28日

 広島の部落解放運動の特徴の一つに宗教界(特に浄土真宗本願寺派と曹洞宗)との切磋琢磨がある。

→糾弾で屈服させた仲間でしょう?

親鸞を宗祖とする浄土真宗本願寺派とは差別過去帳問題(1985年)をめぐって安芸教区、備後教区に対する確認・糾弾会を開催。一定の解決をみた後、被差別民衆の解放に今日の宗教者(界)が力となりうるか、について議論しようということから、両教区と県連からなる「同朋三者懇話会」の発足(1988年12月)となった。          

爾来、三者懇は、「業・宿業」「信心の社会性」「真俗二諦」「往生と本願」などをめぐって議論を交わし、現在は「煩悩」をテーマにしている。

 人間の差別心も煩悩の一つである。浄土教では煩悩は断つことができないものとしている。それでは、差別を世の中から無くすことはできないということになってしまうが、「正信偈」には「不断煩悩得涅槃」とある。つまり、煩悩を断ぜずして涅槃(さとり)を得ることができるというのである。

>人間の差別心も煩悩の一つである。

それは、おまえらの価値観でしょう?卒業式を街宣車でひねりつぶすぞという奴を嫌って何が悪いのですか?嫌がられて当然であり差別でも何でもありません。


そういえば、私たちの運動に連帯する人の中には、自らの差別心を内省しながら私たちの側にいつも寄り添い、共に歩んでいる仲間がいる。煩悩を断ち切っているわけではないが、煩悩が部分的にはないに等しい存在といえよう。

煩悩をめぐる現在の議論は、「煩悩成就」とはいかなる状態であるのかを掘り下げる段階となっている。

部落解放運動に身をおく者として、仏教の「諦観」の教えにも魅かれる。諦観には「あきらめる」という意味がある。「あきらめる」といえば消極的、投げやり的な生き方という受け止め方が一般的である。真理を見極める=「あきらかに眺める」という本来の意味が「あきらめる」になったようである。  

私たちには、如何ともし難いことがある。部落、女性、あるいは障がいを持って生まれたことは、いかに悩み苦しんでも、その事実を変えることはできない。しかし、差別を当然とする社会を変えることは可能である。そうなれば、どうすることもできないことにいつまでも執着するのではなく、変えることが可能なことにエネルギーのすべてを注ぐという、きわめて積極的な生き方を説いた教えと解することができる。

文科省の是正指導以降の激しい攻撃の中で、何ができなくなり、何ができるのか、ぎりぎりのところを見極め、できることに全力を挙げる生き方とも重なる。

>文科省の是正指導以降の激しい攻撃の中で

横暴の限りを尽くす他のだから攻撃を受けて当然じゃないの?なぜ広島東部で相次いだ学校関係者の自殺に反論しないのか

<参考>
広島における解同の横暴を知りたい方は下の本をお買い求めください。


広島の公教育はなぜ崩壊したか  世界日報オススメ




広島でいまおこっていること   出版社:部落問題研究所


八次小問題   著者:岡田隆行  出版社:部落問題研究所


夜明けをなかまとともに  著者: 岡田隆行 出版社: 部落問題研究所


「解同」の教育介入   出版社: 部落問題研究所


広島でいまおこっていること   出版社: 部落問題研究所


校長の死と「日の丸・君が代」    著者:東上高志  出版社: 部落問題研究所


極端なイデオロギーを教育現場に持ち込み、世界日報(右)からも部落問題研究所(共産党系)からも、超党派の批判を受けたことを、全く反省するどころか、意識すらしていない模様です。



曹洞宗とは、大本山總持寺に掲示していた「上見れば ほしいほしいの 星だらけ 下みて暮らせ 星の気もなし」という差別肯定の伝道標語に端を発して、「少欲」「知足」の仏教思想とその実践に論議は及んでいる。曹洞宗との協議は、12月1日におこなわれる。すでに曹洞宗側から「欲望や煩悩に翻弄される生活を、逆に調えられた生き方に戻すことが『少欲』『知足』の徳目の基本」という「報告書」が提出されている。人類存亡の課題である地球温暖化などの問題を考える時、「少欲」「知足」の教えは、今まさに輝きを増しているといえよう。

今年は、親鸞が時の朝廷によって越後に流罪にされてから800年目にあたる。親鸞は朝廷に対する怒りをあらわにした言葉を残している。曹洞宗の開祖・道元は、師と仰いだ天童如浄の言葉「国王大臣に親近するな」という教えを生涯守りぬいたといわれている。部落解放運動の本来的ありかたを考えさせられる教えと実践である。(E・O)

>部落解放運動の本来的ありかたを考えさせられる教えと実践である。

本当に考えているのですか?考えているのなら、なぜこうも不祥事が相次ぐのですか?

テーマ : 政治・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

扇動報道

主張 「大連立」に関連して
平成19年11月21日 解放新聞広島版



 福田、小沢の両党首会談は、茶番劇のような格好で、一応の幕となった。

 どちらも、党利党略で、相手を「一杯喰わそう」という気持ちがあった。

 福田は「大連立」でアメリカ奉仕の政権を安定させようとねらった。

 小沢は、国連決議と日本国憲法との関係で、自己の主張の整合性(恒久法のこと)を約束させることであった。

 どちらも、大きく目を見開いて考えるとき、アメリカの世界戦略体制の一環を担うことに他ならない。

 アメリカは武力による威嚇と、その行使によって、世界を思うままに動かそうとしている。

→あんたらは糾弾闘争によって、広島を思うままに動かそうとしていたじゃないの?戸手高校事件、八次小学校事件について反省してねーだろう?

 いま世界中が、「一喜一憂」の矛盾極まりない資本主義の時代に入っている。

→いま部落解放同盟は「差別で副収入」を稼ぐ矛盾極まりない拝金主義に浸っている

 「資源」「環境」のこと、そして、「マネーゲーム」など、不安材料は人類の生存を脅かしている。

→人権擁護法案が成立すると、えせ同和行為を跳梁跋扈し人々の生存が脅かされる可能性も。

 こんなときに、平和憲法をもつ、日本という国が、アメリカンスタンダードの矛盾の後追いをするのか。それとも憲法にいうところの「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼する」姿勢でアメリカやイギリスをたしなめつつ、しかも、自らをきびしく律していくのかということが問われているのである。

→こんなときに、中国の言う南京大虐殺30万人説を鵜呑みにし、従軍慰安婦や強制連行を韓国・北朝鮮に謝罪しろと主張し、旧社会党時代は拉致事件を捏造と断言していた勢力が、八鹿高校事件、広島で相次いだ学校関係者の自殺、その他数々の問題行動を起こしながら一切反省しないのは矛盾しているし、こんな団体が、「それとも憲法にいうところの「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼する」姿勢でアメリカやイギリスをたしなめつつ、しかも、自らをきびしく律していくのかということが問われているのである。」と語る資格はない。

 これからも「大連立」はくすぶるのであろうと、マスコミを操る論者は、しきりに世論をあおっている。

→広島県連を牛耳る者も、しきりに世論を煽る新聞を作成している。

 しかし、一方では、戦前、戦中の大政翼賛会のような政情になると警告しつづけるものもいる。

 こんなときこそ、人間性の根本のところを考える部落解放運動が、自らを「被差別から解放」する理論(方途)の立場から、人間観、社会観をしっかりと確認しながら、歩みつづけ、運動を前進させなければならないのだ。

 だが、現実はそのようなことになってない。

 大阪、京都、奈良などの不祥事も、危惧される材料である。しかし、このようなことは、部落解放運動そのものと分かち難く結びついた矛盾、理不尽というより、むしろ、今日社会の不合理な構造的欠陥というべきものである。

→でた!部落解放同盟名物組織防衛的発想!朝田理論大炸裂!12日に「提言委員会」でも「組織防衛的発想が先立ち、過去の不祥事の教訓が生かされなかった」と指摘されていたでしょう。また、小西邦彦は昭和40年代から解同の支部長をやっていた。広島県連最高顧問の小森龍邦が委員長をやっていた時も当然支部長の地位にあったわけだ。管理監督責任から逃げるな!部下が勝手にやったとでも?人権団体の述べる言い訳かよ(大爆笑W

 運動の不祥事を免責するために言っているのではない。

→いや、言っているでしょう(滝汗.... 

 社会のすみずみに至るまでいろいろな衣をかぶって、不祥事はおきている。

→特にあんたらが深刻でしょう

守屋次官と、防衛省と取り引きのある山田洋行という会社のありようなど、政権関連のところにおきている問題を考えれば、一目瞭然である。


 大阪の飛鳥会の事件などは、国家犯罪と言うべき防衛省のやっていることを見れば、社会矛盾の「ほんの門さき」程度のものである。

→大悪を持ち出して小悪をかわす。人権を讃える人たちの思考回路はこんなもの。利権屋・人権屋丸出し。それ以前に、同和利権の真相で指摘されているように、学校関係者を自殺に追い込んでおきながら何を言うのでしょうか?学校関係者の自殺に関与していないというのなら、なぜ寺園氏に反論しない?

 だが、社会意識としての差別観念の存在は、マスコミなどを通じて、部落解放運動の責任にし、世の中の全存在をかけた重要事件のように宣伝した。

→解同名物周りが悪い論。悶絶。絶句。

 ここで考えなければならないことは、このような陰謀じみた宣伝と、当該地方自治体の「悪乗り」に対して、正しく方向付けをする闘いができなかったということである。

→ここで考えなければならないのは、幼稚な言い訳と都合の悪いことは周りが悪い論に対し、毅然と対処し批判しなければならないということである。自浄能力がない組織であるということである。

 部落解放運動の正当性が主張しきれなかったことは、

→意に沿わぬものを差別者に仕立て上げる活動に正当性など元から存在しない。

「部落解放基本法」制定運動の終末期に「21世紀は人権の世紀」だと「一喜一憂」段階に入っているアメリカンスタンダードを美化する方法によって、方向を狂わせてしまったからである。

 緊急に理論的な立て直しと取り組み、「悪い社会」は「悪い」として批判し、真の解放を求める理論を再生しなければならないのである。

>「「悪い社会」は「悪い」として批判し、・・・・」口八丁は聞きたくありません。

テーマ : 政治・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

主張『中国新聞』と『読売新聞』

 『読売新聞』は、前防衛省事務次官の守屋武昌氏に対する国会(衆議院)の証人喚問にかかわって、その社説の見出しを「疑惑解明は法案審議と切り離せ」としていた。

 その論調は見出しによって、推測がつくであろう。「守屋氏は今後も、元専務との関係などを詳細に説明する責任がある」としながらも、自民党の主張を擁護し、テロ特措法の審議と切り離すことに世論を誘導しようとしている。

 「日の丸」「君が代」で広島県連が文科省、広島県教委と対立しているとき、われわれを叩きにかかった『読売新聞』の態度は、フェアでなかった。

→フェアであろう。そもそも、公教育の中立性という観点から民間運動団体が教育現場に介入する資格などない。あんたらは、自分が特別だとでも思っているのか?あんたら何様のつもりだ?
 また、「街宣車でもって卒業式をひねりつぶすぞ発言」についてどう釈明するのか?戸手商業高校事件の首謀者を処分したのか?三次小学校事件などはどう説明するのか?県東部で相次いだ、同和利権の真相にも取り上げられた相次ぐ学校関係者の自殺について、寺園氏に反論したのか?


 『中国新聞』はそのとき、特に世羅高校の石川校長(当時)の自殺事件をめぐって、少なくとも表面的には中立を装い、両者の意見を紹介した。

 ジャーナリズムの姿勢を、最小限度のところで守ったということがいえる。

 ところで、今回の守屋証人問題をめぐる『中国新聞』の主張はどうか。

「不信感が増すばかりだ」と社説に見出しをかかげている。読んで字の如く、政権与党の味方をしているようには見えない。「新たな問題となりそうなのが『元専務との宴席に防衛庁長官経験者を含む政治家が同席した』とした証言である」と書き、「防衛の中枢に巣くう『政官業の癒着構造』の一角であるとするなら、これで一件落着というわけにはいかない」としている。

日本の国の安全保障という任務をもつ防衛政策がこんなルーズな役人と政治家によって運営されているのかと思ったら、われわれの生命・財産は、このさきどのようになるのかと心配になってくる。小泉構造改革が国民大衆の生活を犠牲にして大企業の利益を守ることを強権的に推しすすめている間に、防衛庁は、守屋氏の態度に見られるようなことになっていたのである。

小選挙区制になれば、マイノリティーの権利は保障されにくくなるというのが、広島県連の主張であった。

→それを補完するために、少数意見が反映されやすい比例代表も併用したでしょう。また、ワイマールドイツでは、比例代表制により政局が不安定となり、ナチズムの台頭を招いたとの指摘があるのをこの記事を書いた人は知っているのか?

しかし、部落解放運動全体からいえば、自らの利益が踏みにじられることを、部落出身の国会議員も、全国のそれぞれの同盟員のところにおいても気付かず、マイノリティーの権利は侵害され、ワーキングプアの状況を拡大してきた。

→嘘つくな。解同の組織内候補は、3名もいるじゃないか。私のような一般庶民のほうがより差別を受けているじゃないか。しかも、そのうち1名は国会議員の高額所得者ランキング上位10名以内に毎年必ず入っているでしょう。あなた方は小泉改革により儲かっているのでは?またもう1名は小泉政権の屋台骨となった清和会に所属しているでしょう。小泉政権をかくの如く批判するのであれば、全国連同様、中央本部派から脱会すればよいではないか。小泉改革を批判しておきながら、一方では小泉改革の片棒を担ぐのですか?

そのために、「上見て暮らすな、下見て暮らせ」の社会意識が増幅し、運動は窮地に立たされることとなった。ここまでくると、気付かねばならない。

→これを判断するのはだれですか?逆にいうと上を向く人がいないあなた方はマイナス思考の集まりともいえますね。

「格差」という言葉があり、中央と地方の「格差」を自民党と、それに寄り添う公明党も、地方財政、経済の現実から認めざるをえなくなっている。そこで、われわれの気付かねばならないことは、この社会荒廃に対し、「地方から中央へ」と反撃をかけなければならないということである。

『中国新聞』は中央紙・全国紙の部類ではない。地方紙という単一県のものでもない。中国地方(5県)に購読層をもっている。言うなれば、ブロック紙というところであろう。 

中央紙・全国紙の国会(衆議院)の証人喚問に関する主張は堕落している。

『中国新聞』は、まだ正論に立っている。ブロック紙の健全性を評価したい。だが、その『中国新聞』、記者によっては、財政破壊寸前の、例えば府中市に関する報道記事は、迷路をさまよっている。編集部幹部の注意を促したい。

→教育への介入により多くの自殺者が指摘されているあなた方にも注意を促したい。

テーマ : 政治・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

 | BLOG TOP |  NEXT»»